2012年7月2日月曜日

七夕

天の河霧立ち渡り彦星の楫の音聞ゆ夜の更けゆけば
                よみ人しらず

松本地方の七夕
上は 松本市日本民俗資料館にて撮影

七夕人形のお店『ベラミ』さんの説明
                         松本市中央三ー七ー二十三
七 夕 人 形
七夕人形は 次の四種類がございます。
   一、着物かけ形式
   二、紙びな形式 
   三、人がた形式 
   四、流しびな形式
 松本平に古くから伝わっている独特の七夕人形の起源は、江戸中期以前からといわれ、松本市の日本民族資料館所蔵の七夕人形は、国の重要民俗資料に指定されている程で、七夕行事の移り変わりを究明する上でも大切なものとなっております。
 松本では一と月遅れですから八月六日に七夕人形に厄を託し、それをなるべく風の通る軒下に吊るして飾り、風で厄を吹き祓ってもらう厄落とし(厄払い)として使われます。
 そして「ほうとう」(巾広のうどんに、あんこや、きな粉をまぶしつけたもの)や、七夕饅頭、果物、野菜の初ものを供える風習は、松本地方に今でも残っている七夕祭りの、たのしい伝統行事でもございます。
「着物かけ形式」
子供の着物をお貸せします。するとお返しに七夕様が、もっと良いものを持って来て下さる、そしてお貸しする為に一生懸命に着物を縫うとお裁縫が上達する、着物の襟数が増す幸運に恵まれる、等のいわれがございます。
「かーたり」(川渡り)又は(川越し)
   三粒でも雨が降ると天の川が渡れなくなるその時は、この「かーたり」がどちらかを背負って渡し、一年に一度の逢瀬を果たしてあげる、といわれる足のついた人形で川を渡るから「かーたり」と云います。
「迎え馬」
  昔七夕の日からお盆が始まるといわれ、この日に雨が降ることを予想して笠をかぶり白馬に乗った神様が降りてくるいわれている人形。
これ等の他に屋根の付いたもの、奴提灯のようなもの、角形のもの、その他いろいろと形の変わったものがございます。
私共ではこれ等のものや、又指定にこそされていなくても珍しい七夕人形の数々の復原に努めております。
                                 以上

 我が家では、着物かけ形式のもの、手作りの人形「奴」「高足」(かーたりの一種)他新暦の七夕に窓際に飾る習慣である。

『真澄遊覧記』伊那の中路


『乞巧奠』
 梶の葉に願い事を書いて五色の糸に吊るした。
現在の七夕笹に吊るす五色の短冊の原形の様だ。
 名古屋八事八勝館では、毎年七夕の時期に 今でも玄関に於いて『乞巧奠』が行われていると思う。

下は、梶の葉

2012年6月1日金曜日

インクジェット

捺染用インクジェットプリントのこと
 捺染用インクジェットプリント機が開発される迄、捺染布の柄版型は、孔版式・凹版式・凸版式・平版式などで、捺染加工は手作業に依る印捺から、機械での半自動、全自動の下記機械器具を用いて印捺し 仕上げ加工がなされたあと 縫製などの段階を経て、最後に消費者に提供された。
記
(1)孔版式では、 型 紙 捺 染    (極少量生産方式)
          手 工 スクリーン捺染(極少量生産方式)
          走行式スクリーン捺染機(少量生産方式)
          自 動スクリーン捺染機(大量生産方式)
          (フラットスクリーン捺染機・ロータリースクリーン捺染機)
(2)凹版式では、 ローラー捺染機    (大量生産方式)
          『太鼓型ローラー捺染機・並列型ローラー捺染機』
          グラビア印刷機
(3)凸版式では、 ビゴロ捺染機
         リリーフ捺染機
         ブロック捺染
(4)平版式では、オフセット印刷機など

 液体をデジタルで制御出来るインクジェットが開発され、いずれ染色関連でも利用出来るのではないかと注目されていたが、生産スピードと少量生産を望むファッション業界に,質の高い商品供給に対応出来る 捺染用インクジェットプリント機が最近開発され,大手染色業界に於いて本格的導入が始まった。
 大手染色業者の無地染とフラットスクリーン捺染・ロータリースクリーン捺染・ローラー捺染の加工に、デジタル技術を活かした革新的捺染用インクジェットプリント機の導入は,先進国と後進国・大企業と中小企業との間で棲み分けが顕著になり始めた。世界の繊維染色業界でも変化が起きつつあるのではないかと思われる兆候がある。
 日本の繊維製造技術・染色加工技術・縫製技術は超一流であり、繊維各分野の所有する誇るべき最先端の各種ソフトウエアーを駆使している日本繊維業界の益々の発展が期待される。同時に、人間生活の大本『衣・食・住・教育』で衣と食が異常とも言える程の輸入超過国になってしまった日本.輸入超過からの離脱を衣からも始めて欲しいものだ。
上は並列式ローラー捺染機図

2012年5月1日火曜日

アップリケ 古代文字

繊維に関わる古代文字のアップリケ
美しいデザイン
画像面をクリックしますと、大きな画面で見ることが出来ます。
蚕
繭 
絹
羊
繭
棉
杼
糸
紵
織
衣
以上のアップリケは、当資料館で制作したものです。


2012年4月2日月曜日

三纈のこと

今月は、三纈(一種の防染)について、掲載しました。
夾   纈
     織物類を一部の部分を板締め等をし防染し柄染めをする方法を言う。
纐   纈
     主に糸を使い織物類を縛り防染部分を設け柄染めをする方法。
臈(臘)纈
     臘の類いを防染剤として織物類に印捺して防染部分を設け柄染めをする方法


夾 纈
唐代夾纈
下図は染色想像図
北京大学出版社『夾纈』より

唐代夾纈

注 染
(ALINNCO  INDIGO)浜松
有松絞り
ハンカチーフ

豆絞り手拭
  江戸時代から豆絞りの手拭は有名であり,今も豆手拭はよく使われているけれども、
 当今の豆絞りは、下の豆手拭で本来の豆絞りではない。
 現在では、有松の張庄染工が唯一の製造業者である。

豆手拭(ローラー捺染)
機械捺染で 安価な豆手拭である。

特殊な絞り染め
特殊な絞り染め
絞り染め布の表装
一般的な絞り染め
一般的な絞り染め
 通称『有松絞り』は、纐纈だけでなく板締絞り言われる、夾纈も含まれる様だ。
戦後有松から輸出されたものには、東南アジア・西アフリカ現地で昔から染められていた、纐纈・夾纈の技法を参考に、有松地区の染色業者は独特の染色技法を確立し、輸出内需に対応し、有松独特の商品が製造される様になった。

臈 纈
日本産臈纈
AFRIKAN  TEXTILES
Pattern dyeing
peinted freehand with starch bifore dyeing in order to resist the dyed











2012年3月1日木曜日

ラテン アメリカ 特集


今回は、趣向を変え                        

『織』以外の事も記載しました。


BOLIVIAの織物


       ペルーの古布を使用した人形





キューバー関係
キューバと言えば、チェ ゲバラ
参考資料
開発途上国の政治的リーダーたち
祖国の建設と再建に挑んだ14人
石井貫太郎編著
10エルネスト・チェ・ゲバラ
執筆者 山田泰子
発行所 ミネルヴァ書房

エルネスト・チェ・ゲバラの本名は、
エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ
(Ernest Guevara de la Serna)
    アルゼンチン第二の都市ロザリオで 1928年6月14日生まれ
        1967年10月9日 ボリビアで没 享年39歳
            1997年7月 チェの遺骨が、ボリビアから遺族の暮らす                         キューバへ無言の帰国を果たした。


キューバの紙幣ほか

キューバ ハバナ 旧市街風景
旧国会 現博物館
ハバナ世界遺産


調べてみませんか!
『世界が注目する          
 キューバの医療・学校・有機農業』


春のお祭り  岐阜県美濃市





2012年1月3日火曜日

竜・龍・辰

 竜は龍の初文。頭に辛字形の冠飾をつけた蛇身の獣の型。 龍はその繁文。         (字通より)
     『下記は古代の文字「美しいデザイン」と言うのは失礼かも知れない。』
     日本の龍は中国から伝えられたもので、角は鹿・頭は駱駝・目は鬼
    耳は牛・うなじは蛇・腹は蜃・鱗は魚・爪は鷹・掌は虎からきている
    という説が有るらしい。


THUNDER DRAGON
雷竜王国
ブータンの国旗とブータンの織物
ブータンの国章
 世界から熱い視線を集める、
   国民総幸福量(GNH)を指標とするブータン。

 ブータンで生み出される染織品の素晴らしさは、
          『心織り』

タンカと呼ばれる絹のアップリケ
(ブータンの染色より)
上のアップリケの大きさ・・縦27.3m×横30.0m

中国の錦


  中国王朝時代、朝鮮王朝時代の胸背制度では、
 国王は龍の刺繍が多い様だ。

朝鮮高官像
朝鮮文人高官像 (彦根市 宗安寺蔵)
彦根市重要文化財
”胸背の鳥は鷺と思われる”

沖縄の紅型
雲竜文
(平絹地)



2011年10月3日月曜日

2011年度産 綿の収穫

  今年も五種類の綿(写真)を栽培収穫致しました。


 上段から 和綿(白) 和綿(茶) 外国綿(白) 外国綿(緑) 外国綿(茶)



          今月は『綿に関する事』順次書き込む予定です。


  一個のコットンボールから採集した綿のタネの様子。


       左側が外国綿 右側上の三個が和綿(白綿)下の三個が和綿(茶綿)
             (タネに綿繊維が覆っている。)

 一本の棉から収穫する綿の収量などに、外国綿と和綿に上の写真の様に格段の質と量に大差があり、明治以降急激に和綿の自給は減少 現今では皆無に近い状態である。
 かって、和綿は200種以上存在していたタネも、現今では40種程しか現存していないと言われている。農林水産省に保存されていた和綿のタネも、最早 綿の国内生産は必要ないとの判断で廃棄されたとされている。

棉は日本古来の植物ではない。
 和綿の伝来は今から1200年程前であるが、この棉種は絶えたと言われ、明応・永正年間(1492〜1520)に、支那又は朝鮮から伝えられたとか、天正十一年(1583)にポルトガル人が豊後の藩主に贈ったとか、数多くの説が有る。
 慶安三年(1650)に、朝鮮人文峰が対馬の藩士国分某に贈った種が良質だった様で、これが現在に伝わる和綿の一つであろう。